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ヴィンランド

 11世紀のヴァイキングの生き様を描いた幸村誠の漫画『ヴィンランド・サガ』。その題名にも使われた北米大陸にあったとされる伝説の地がヴィンランドです。

 名前の由来の「ヴィン」は「ブドウ」あるいは「草原」という意味だそうです。ノルマン人やヴァイキングたちはコロンブスがアメリカ大陸を発見するはるか以前にすでに新大陸に到達していたそうです。北米各地でルーン文字が記された遺物が発見されています。

 ノルマン人とは北欧スカンジナビア半島を中心にバルト海沿岸に住んだ北方系ゲルマン人で、そのうち武装船団を組み海賊行為を働いた者たちをヴァイキングと呼びました。ただ年から年中海賊をしていたわけではなく、平時は交易で生活していたそうです。スカンジナビア半島は寒冷で当時の技術では満足な農耕ができず大人口を養えないため、生活のために海に出ていたのです。

 ヴィンランドは彼らが海賊あるいは交易の過程で発見した土地で、現在ではニューファンドランド島説が有力です。ただ名前の由来からするともっと南の可能性もありアメリカ東海岸のどこかではないかと私は考えます。古地図をみると位置的にニューファンドランド説もあり得ますが…。

 北米大陸東岸にノルマン人が10世紀前後到達していたことは確実だと思います。『赤毛のエイクリールサガ』では、アイスランドの優秀な船乗りソルフィン・カルルセフ二が仲間40人とともにまずグリーンランドに入植しその後対岸に陸地を発見し移り住む話が語られます。

 その地はブドウが豊に実る楽園で、ソルフィンはヴィンランドと名付けました。ところが原住民との争いが勃発し入植失敗、ヴィンランドは10年ほどで放棄されます。


 面白いことに、幸村誠の『ヴィンランド・サガ』の主人公の名前がトルフィン・カルルセブニ。明らかにエイクリールサガを下敷きにしてますね。最近読んでないんですが、どうなったのか気になります。世界史好きにはデンマークのクヌート大王、デーン・ロウ(デーン人に支配されたイングランド東部地域)などが出てきてお勧めです。
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南海の黒い花嫁

 黒沼健シリーズ第3弾。今回の話は性的描写があるので18禁にします。良い子のみんなは読んじゃ駄目よ(笑)。

 一応私のスタンスを述べておきますと、エロ動画とかエロマンガ、エロ小説を見たり読んだりするのは大好きですが、自分から他人に話すことはまずありません。所謂むっつりスケベというやつですな(爆)。世間では真面目な人で通っております(汗)。



 人食い人種って、現在でもいるそうですね。ポリネシア人種に多いとされますが孤島や貧しい土地が多く食料が豊富じゃない事や、宗教的な意味があって食人しているそうです。大東亜戦争でも南方戦線で輸送船が撃沈されて南海の孤島に漂流したら人食い人種に食べられた話とか時々聞いた事があります。戦闘で死ぬならまだしも、こんな悲惨な最期は迎えたくないものですね。


 時は1860年代のソロモン諸島。南海航路に従事する北欧ノルウェー出身のオスカー・ニールセンという25歳の若い船長がいました。何故こんなに若いかというとこういう辺境にはなかなか行きたがらないそうなんです。オスカーは、進んで過酷な環境に飛び込み財を築こうと考えた野心的な船長でした。故国に婚約者を残しており結婚資金を蓄えようとしていたといいます。

 貿易会社は、人食い人種が出没するソロモン諸島の危険海域を設定しておりそこを通らないか、通るにしても細心の注意を払って素早く航行するよう各貨物船に通達していたそうですが、運の悪い事にオスカーの船は事もあろうにその危険海域で座礁してしまいます。身動きの取れない船で眠れない一夜を明かしたオスカーたちですが、救難船が来る前に最悪の事態が起こりました。人食い人種の襲来です。貨物船でろくな武器もないオスカーたちはたちまち彼らに捕まってしまいます。

 頭を殴られて気絶したオスカーが気がつくと、自分も船員たちも檻に入れられている事に気付きました。遠くでは肉の焼ける匂いと踊り狂う人食い土人たち。船員の一人が、「食べられているのは料理長だ!」と絶叫します。絶望の淵に沈むオスカーたち。その後、檻から一人ずつ引き出されては殺されて行きました。オスカーは最後の一人になります。仲間たちが次々と食べられていく中、覚悟したオスカーはほとんど抵抗しませんでした。

 ぼろぼろになった服を脱がされ、裸にされたときオスカーは鉈で首を切られるのだと思って目を閉じます。ところがいつまでたっても処刑は執行されません。裸のまま鉄の首輪をつけられ鎖で繋がれ引き立てられて行きました。わけが分からないオスカーが戸惑っていると、食人種たちは彼を引き立てて村々を回ります。そのたびに珍獣でも見るように村人たちが出てきてじろじろを彼を眺めました。どうせ死ぬのだからと羞恥心もなくオスカーは何の感情も浮かびません。そのうち大酋長カバキアのいる集落の山の上の小屋に鎖でつながれます。

 ある美しい月の見える晩でした。何ものかが彼の元に近寄ります。それは食人種の若い娘でした。もともと半裸の彼らですがこの娘は美しく、そして何も身にまとっていませんでした。意味の分からないオスカーですが、娘のされるまま体を重ねます。娘は何日も何日も山の上に通ってきてはオスカーと性行為を続けました。こうなるとオスカーも男です。娘が来るのを楽しみにするようになります。

 ところがしばらくすると、今度は別の娘に代わっていました。こうして何日も何日も毎夜性行為を続け関係した娘は百人を超えるようになります。そういった状態は一年以上続きました。ある日の昼、大酋長カバキアが彼の元を訪れます。彼は一人の赤ん坊を抱いていました。赤ちゃんをよく見ると土人にしては異様に白い肌、青い目、そして燃えるような赤い髪をしています。その瞬間、オスカーはすべてを悟りました。

 土人の体格向上のための種馬にされたのです。このまま本当の種馬のように性行為を続けさせられ、それができなくなって初めて殺される運命だったと分かります。しかし運命の神は彼を見捨てませんでした。1875年4月、イギリス海軍の偵察隊がこの島に上陸します。彼らも人数が少なかったためたちまち食人種に襲撃され殺されてしまいました。ところが偵察隊は死ぬ前ニュージーランドの海軍本部に無線連絡していました。

 急報を受けたイギリス海軍は、海兵隊をこの島に差し向けます。襲われた偵察隊の報復もあったのでしょう。近代装備で固めた海兵隊は、食人種たちを殺戮、生き残って檻に入れられていた同胞を救出しました。その混乱の中、遠くから素っ裸の人間が走り寄ってきました。男は手を振りながら「おれは食人種じゃない。同じ白人だ。撃たないでくれ!」と叫んでいます。オスカーでした。

 びっくりしたイギリス軍でしたが、オスカーは無事保護されとりあえずニュージーランドの英海兵隊本部に連れて行かれます。そこで行われた証言がこれまで書いてきた経緯です。


 ただ食人種たちも全滅したわけではなく、遠くに逃げ散っただけでした。英軍も自国軍兵士救出が最優先でしたから当然です。オスカーも数多くの自分の二世がいるかもしれないと寛大な処理を願いました。こうして南海の各地にオスカーの子供たちは拡散します。今でも現地の人間の中に明らかに白人との混血だと分かる者がいるそうです。彼らは「オスカー」と現地の人から呼ばれました。


 皆さんが、ポリネシア各地を訪れたらオスカーの子孫たちに出会うかもしれませんよ。ただ最近は、普通に混血があるのでその判別は難しいでしょうが(苦笑)。

ミスラムの毒蛇群

 黒沼健シリーズ第2弾です。話は17世紀のインドに遡ります。この頃インドは、中央アジアから侵入したムガール帝国が北インドをほぼ統一して南インドへ進出しつつありました。当時のムガール皇帝は第5代シャー・ジャハン(在位1628年~1658年)。世界遺産タージ・マハル廟を建設した事でも有名です。

 黒沼健の原作『秘境物語』(新潮社刊)では、皇子ニザム・ウル・ムルクとなっているのですが私が調べた限りそのような皇子はシャー・ジャハンの子供には存在しません。そもそも過去記事でも書きましたがシャー・ジャハンの後を継ぐ資格のある皇子(母の身分的に)は4人。すなわち長男ダーラ・シコー、次男シャー・シュジャー、三男アウラングゼーブ、四男ムラード・バフシュです。このうち後継者争いに勝って第6代皇帝になったのはアウラングゼーブです。物語の舞台となるデカン、東南インドの征服を担当したのもアウラングゼーブですので、原作とは違いますがニザムではなくアウラングゼーブとして書き進めます。

 アウラングゼーブは、デカン地方の征服を順調に進めゴルコンダ王国に達しました。ゴルコンダ王国も激しく抵抗し遠征は三次にわたります。しかし1687年、首都ハイデラバードを臨む難攻不落のゴルコンダ要塞がついに陥落します。この時アウラングゼーブは二千頭の戦象を集めて猛攻したそうですが、結局内通が陥落の決め手でした。

 原作では、シャー・ジャハンの治世となっていますが彼は1666年に亡くなっているためアウラングゼーブに代替わりしていました。おそらく第一次遠征が前皇帝の時代だったのでしょう。こういう細かいリサーチミスがあるのでかなり眉唾なんですが書かれた時代(戦後10年後くらい)を考えると仕方なかったのかもしれません。

 ゴルコンダ要塞陥落によってゴルコンダ王国は滅亡しました。この報告は近隣の諸国を震え上がらせます。とくにゴルコンダ王国と結んでいた二つの同盟都市の王、エケナとマデナはムガール帝国の矛先が自分たちの向く事を最も恐れていたのです。二人の王は兄弟でした。

 インドの諸王は、富裕で有名です。この二つの小国も例外ではなく莫大な財産を持っていました。二人の王は滅亡は覚悟したものの自分たちが先祖代々蓄積してきた財宝をアウラングゼーブに奪われるくらいならと、共同してミスラムという都市の近くの洞窟に隠します。この秘密を知っているのは二人の王と信頼された三人の側近の五名のみ。エケナ王は、財宝を封印した後「この宝を奪おうとする者に呪いあれ!」と唱えたそうです。

 結局二つの同盟都市は、アウラングゼーブ率いるムガールの大軍に滅ぼされ王たちも戦死しました。三人の側近はそこから命からがら逃れますが、魔が差したのでしょう。そのうちの二人が秘かにミスラムの洞窟に舞い戻り財宝を奪おうとします。封印を解いて洞窟に入った二人ですが、暗闇の中で一人が突然胸をかきむしり血を吐きながら倒れました。王の呪いを思い出したもう一人は宝を放りだして逃げます。これが第一の犠牲者。

 
 それから1世紀後の18世紀。廃墟になったミスラム近くの森で一人の信心深い樵夫(きこり)が巨木の陰の空洞から5、6個の指輪と1個の重みある封印を見つけます。驚いた樵夫は森の外にあった寺院の僧侶に持って行きました。僧侶は「これは大した価値のあるものではない。私が買い取ってあげよう」と言って樵夫を帰します。

 実はこの僧侶、かつてミスラムの洞窟に財宝を埋めた事を知っている三人の側近の子孫でした。僧侶は長男を呼び出します。
「お前はミスラムの財宝の話を覚えているか?」
「はい。よく覚えています父上」
息子が答えると
「今日、その財宝の一部と思われるものが見つかったのだ。この宝は呪われている。元の洞窟に戻すべきだと思うがどうだ?」

 父から財宝の呪いの事を聞いていた長男も賛成し、二人は秘かにジャングルに出かけました。先祖の言い伝え通り洞窟は見つかり、指輪と封印をその中に投げ込みます。封印(さきの封印とは別)は重い石蓋でした。僧侶が石蓋を支えていたところ、長男はふと洞窟の中を見たくなり覗き込みます。
「父上、階段があります。それから長い道が…」興奮する長男でしたが、石蓋が重くなった僧侶は
「早くしないか。わしは腕が痛くなったぞ」と叫びました。
 その瞬間、石蓋は僧侶の手から滑り落ち骨の砕ける音と息子の絶叫が聞こえました。財宝第ニの犠牲者です。


 さらに時は過ぎ19世紀末。ミスラム近郊出身でイギリスに留学、軍医となったジュバール・ラヒムという人物がいました。実は彼も三人の側近の後裔です。彼にはアブドルという息子がいました。アブドルが10歳になった時、父はミスラムの呪われた財宝の話を伝えます。そして
「この事は一族の秘密だぞ。くれぐれも悪心を起こして掘り出そうなどと思うなよ」と戒めました。

 ところがアブドルは不肖の息子で、成長して船乗りになり生活に困るとミスラムの財宝が気になりだします。秘かに言い伝えのジャングルに向かい洞窟のありかを突き止めました。アブドルは、欲の皮が張ってそうな人夫を5人雇います。
「日当は一日2ルピー。自分が探しているものが見つかったら金貨をやる」アブドラの言葉を聞いて人夫たちは喜びました。アブドルは、財宝の話は一切せず自分は人類学者で昔野蛮人が住んでいた洞窟を調査するのだと言って彼らを騙します。

 町を出て二日目、人跡未踏のジャングルを踏み越えてやっと洞窟に辿り着きました。言い伝え通り石蓋も見つかりアブドルは、これを開けさせました。そしてまず二人の人夫に先行して洞窟内を調べるよう命じます。3分後、洞窟内から恐ろしい絶叫が聞こえました。一人の人夫が洞窟の中から青い顔をして走り出てきます。そして
「蛇が…恐ろしく大量の蛇が…」そのまま崩れ落ち血を吐いて絶命しました。もう一人は洞窟内でやられたのでしょう。

 アブドルは、危険を感じとっさに「走るんだ!」と叫びます。彼の予想通り洞窟の中からおびただしい数の毒蛇が這い出てきました。最初は仲間の死体を抱えていたのですが「死体は置いていけ!ともかく走れ」というアブドルの声で我に返り四人は死に物狂いで逃げました。


 普通、蛇はこのような集団を形成しないそうです。ただし蛇の島などと言われるように時々このような大群となるケースもあるそうなのです。ミスラムの洞窟がたまたま蛇の群棲にぴったりの条件だったか、それともエケナ王の呪いの結果そうなったかは分かりません。ミスラムに眠る莫大な財宝は今も無数の毒蛇に守られて眠り続けています。

死を招く黄金

 昔、黒沼健(1902年~1985年)という推理・SF作家がいました。東宝映画「大怪獣ラドン」の原作者で予言者ノストラダムスを日本で最初に紹介した人でもあります。彼は秘境・超古代文明・失われた大陸など少年少女が興味を引きそうな数々の著作を残しています。かくいう私も中高生時代熱心に読みふけったものです。

 太陽の処女伝説の記事で、本棚を整理していたら『世界の奇談』というネタ元の本を発見したと書きましたがこの時同時に黒沼氏の『失われた古代大陸』『霊と呪い』などという当時夢中になっていた本も発見しました。いま読み返しても非常に面白かったのでこれからいくつかをブログでも紹介しようと思います。今回は南アフリカの黄金伝説です。



 ズールー人は現在の南アフリカからジンバブエ南部に分布し人口は一千万。かつては黒人王国を形成していましたが西欧列強の侵略を受け最後はイギリスの植民地にされました。話は欧州の白人たちがこの地に来る前。いつの時代の事か分かりません。ズールー王国にチャカという賢明な王がいた時代だとされます。

 ズールー人は未開とはいえ、鉄器を製造する技術はありましたから古代文明中期から晩期くらいの文化はあったと思います。名前は分かりませんが当時一人の鍛冶屋がいました。この男は腕が良いと評判で注文もひっきりなしだったと伝えられます。ある時鍛冶屋は鉱石をさがすために山の奥深くに分け入りました。その際鉄鉱石のほかに見た事のない鉱石をみつけて持ち帰りました。試しに鍛えてみると今まで見た事のないまばゆい光を放つではありませんか。鍛冶屋は珍しい金属を使って腕輪を作ります。その光る腕輪をチャカ王に献上すると、あまりの珍しさに大王の家来たちからも注文が殺到します。その鉱石は山に無数にあったそうですから、鍛冶屋は腕輪や足輪を作り続けこの国一の大富豪になりました。

 もうお分かりだと思いますが、この珍しい金属は金でした。他国とほとんど交易をしなかった当時のズール人たちは金の価値が分からなかったのです。それでも物珍しさから珍重され結局貴金属となったのですから、案外金銀も最初はこうやって貴重になったのでしょうね。

 ところが金の腕輪をしていた人々の間に奇妙な病気が蔓延します。次第に気力が衰え最後は死んでしまうのです。人々は黄金の腕輪の呪いと噂しました。報告を聞いたチャカ王は金の腕輪を身につけることを禁じます。新たに黄金を掘り出すことも禁じ、それまで作られた黄金製品をすべて差し出させ、掘り出された鉱山の洞窟深くに封印しました。逆らった者は黄金製品を身につけたまま洞窟に生き埋めにされたそうです。後にここには大王の墓も築かれます。


 その後数百年が過ぎました。1908年の事です。当時南アフリカはイギリスの植民地でした。イギリス本土からロナルド・ファーガソンという青年が地元の騎馬警察隊に赴任します。当時、軍と同様警察も指揮官は白人でも、それだけでは数が足りないため現地採用の黒人が数多くいたそうです。ロナルドは、寡黙で土人に似つかわしくない知性をたたえた一人の巡査部長に出会います。彼はジュベンと名乗りました。二人は急速に親しくなります。

 ある時、ロナルドは深刻な表情のジュベンから黒い腕輪を見せられます。ところがこれを磨いてみると中から黄金の輝きが現れました。驚いたロナルドが尋ねると、ジュベンは民族の伝説を話し自分はチャカ王の命令で代々封印された洞窟を守る番人の家系だと打ち明けます。休暇を貰った二人は、問題の洞窟に行ってみる事にしました。ところが厳重に封印された洞窟の中には無数の黄金の他に苦悶の表情で死んだであろう白骨死体があたり一面に散らばっていました。気持ち悪くなった二人は、洞窟を出て「この事は二度と口外しない」と約束しました。


 このため、本国からチャカ王の財宝を探しに来た調査団にも秘密の洞窟の場所は教えませんでした。それからさらに数年が経ちます。洞窟の秘密を知る最後の生き証人、ナタール騎馬警察隊巡査部長ジュベンは49歳の生涯を閉じました。秘密を知る唯一の西欧人ロナルドも本国に帰還します。

 イギリスに帰ったロナルドは、ジュベンに形見としてもらった黄金の腕輪を知人のいるオックスフォード大学に持ち込み鑑定を依頼しました。その結果は、金の純度60%。それ以外はニッケルとアンチモニー。ただしごく少量の天然の砒素が混入しているとのこと。

 人々の死の真相は、この砒素の慢性中毒が原因でした。南アフリカは現在でも世界有数の産金国です。国内各地に有望な金山があります。その中には砒素のような有毒物が入っているケースもあったのかもしれません。まさに死を招く黄金と言えるものでした。その後チャカ王の黄金の洞窟を発見した者はいません。歴史の彼方に忘れ去られました。

シボラと黄金の七都市

 マチュピチュの太陽の処女伝説の記事を書いて以来、神秘的な事に関する関心が深まるばかりです。私は熱しやすく飽きやすい性格ですが、その時々はとことんのめり込むタイプなのでしばらく不思議書庫の記事が続くかもしれません(笑)。


 シボラというのは、スペインのコンキスタドール(征服者)たちの間で信じられた黄金都市伝説の一つでした。そもそも伝説の発端は1150年ころに遡ります。ムーア人(アフリカ北西部のイスラム教徒の呼称)がスペインのメリダを征服した時七人の司教が聖遺物を携え町から逃れました。風の噂ではどこか遠いところにのがれてシボラとキビラの町を建設したそうです。これらの町は裕福で黄金と貴石で建てられていると噂されました。

 それから数世紀の後、伝説は独り歩きし七人の司教それぞれが都市を建設し七つの黄金都市となったと言う話になります。そして大航海時代南米のエルドラド伝説と相まってアメリカ大陸のどこかに七都市があると信じられました。

 ただ常識的に考えて、七人の司教が生き残ったとしてもメリダはスペインの内陸にありアメリカ大陸に渡ったとは考えられません。もし逃れたとしてもせいぜいピレネー山脈のどこかか、頑張ってイギリスかアイルランドのどこかでしょう。ですから12世紀ごろの航海術から考えてもアメリカ大陸にシボラなどの黄金都市があるはずはないのです。

 ところが、この話を信じたスペインのメキシコ副王アントニオ・デ・メンドーサは大規模な探検隊を組織しこの黄金都市を探させます。第一次遠征隊は現在のアメリカ、ニューアリゾナ州あたりに伝説の黄金都市を発見したという報告をもたらします。ただ原住民の襲撃を受け探検隊は壊滅、命からがら逃げかえった生き残りの報告でした。

 報告を受けて喜んだメンドーサは、1540年さらに大規模な遠征隊を送り出します。大変な難儀の末報告のあったアリゾナ州ズニのプエブロ集落に辿り着いた一行ですが、黄金都市などどこにも存在しませんでした。アドべ煉瓦で作られたプエブロ集落は、煉瓦に雲母が多く含まれるため遠くから見ると太陽光の反射で黄金色に輝いて見えたそうなのです。しかもこのあたりに住むプエブロ・インディアンの集落が七つあった事も誤解に繋がりました。

 当然キリスト教ともまったく関係ありません。エルドラド伝説などよりもさらに信憑性の低い伝説だったと言えます。プレスター・ジョンの伝説に似ていますね。では黄金郷がなかったのかと言えば、そうとも言えないのです。アステカ王国もインカ帝国と同様豊富な黄金を産した事で有名で、どこかに莫大な産金量を誇る金山なり黄金都市なりあったはずなのです。1848年のアメリカのゴールドラッシュはカリフォルニア州の出来事ですし、アメリカとメキシコの国境地帯はアステカ王国の有力な産金地帯の一つでした。

 このあたりにアステカ王国の失われた黄金都市があったかもしれないと思うとロマンがありますね。黄金というのはいつの時代でも人々を魅了してやまない存在です。

湖底に消えた500トンの金塊

 シベリアの南東部にあるバイカル湖。湖水面31494平方キロメートル(琵琶湖の46倍)の三日月型の湖です。縮小中のアラル海を除くとアジア最大の湖だそうです。淡水で湖面が澄んでいる事で有名ですが水深は深くなんと最大1741mで世界一。

 100年前、この地で悲劇が起こったことは意外に知られていません。例によってネタ元は『世界の奇談』(庄司和泉水著)ですが、いろいろ調べてみるとどうやら実話らしいという事が分かりました。ただ、確定ではないため不思議書庫記事とします。

 時はロシア革命後に起こったロシア内戦まで遡ります。ロシア白衛軍の指導者の一人にアレクサンドル・コルチャック提督(1873年~1920年)という人物がいました。ロシア帝国の軍人あがりでなんと日露戦争にも参戦して旅順で捕虜になっています。その後第1次世界大戦時は黒海艦隊司令官・海軍中将でした。2月革命後帝政派から臨時政府側に移ったそうですが、渡米し帰途日本滞在中に10月革命を知りそのまま日本に二ヶ月半も滞在します。

 滞在中日本軍部やイギリス政府と接触、イギリスの支援を受けて帰国、ウラル山脈南東オムスクで反ボルシェビキの臨時全ロシア政府の陸海軍大臣に就任。間もなくクーデターを起こし全権を掌握、軍事独裁政権を築きました。一時期は列強の支持、援助を受けてウラル以東の全シベリアを掌握したそうです。白軍(帝政派を中心とする反革命派)にとっては希望の星で、彼の元に旧ロシア帝国の軍人、警察官が50万人も集まり一大勢力になりました。旧ロシア貴族、僧侶とその子女ら革命下では生きていけない人々もここに逃れ、その数は125万を数えたといいます。

 しかし、赤衛軍(ボルシェビキ派の軍隊。ソ連赤軍の前身)の勢いは強く1919年11月臨時全ロシア政府の首都オムスクは占領されてしまいました。コルチャックは列強の援助が受けやすい極東に移る事を決意します。ところがそこまでは直線距離で8000km、125万もの人間が無事に移動できるような距離ではありません。しかもシベリア鉄道があるとはいえ極寒のシベリアを横断することなど狂気の沙汰でした。

 素人考えでは、寒さの心配がない南方、カザフ、ウズベック、アフガンを通ってイギリス勢力圏のインドに逃れた方がまだ生き残る確率が高かったように思えるのですが、コルチャックはシベリア鉄道の輸送力を当てにしていたのでしょう。ところがシベリア鉄道はいたるところでボルシェビキのパルチザンに寸断され間もなく使用不可になりました。結局徒歩と馬の移動になってしまい、厳しい寒さの中バイカル湖西岸のイルクーツクに一行が辿り着いた時25万人に激減していたそうです。ただ、コルチャックの頼みの綱は軍資金として携えてきたロシア帝国の遺産500トンにも及ぶ金塊でした。28両の武装車に積み込まれた金は1g=5000円と換算して現在の貨幣価値で2兆5000億円。優に一国を運営できる額です。

 例年厳しいシベリアの寒さですが、この年はことのほか厳しく氷点下40度(例年は氷点下20度)という殺人的な寒さでした。女子供老人の多い一行が次々と倒れたのも当然です。イルクーツクも安住の地ではなくまもなく赤衛軍の総攻撃を受けることとなりました。敗残のコルチャック軍は当然支えきることはできません。シベリア鉄道も使用できないため凍結したバイカル湖の湖面を通って徒歩で逃れるしかありませんでした。1920年2月と言いますから寒さが特に厳しい時期です。この時はなんと氷点下60度というあり得ないくらいの気温になったそうです。

 敵に追われ疲労困憊の一行にこれを乗り越える体力はありませんでした。猛吹雪に見舞われた一行は、弱い女子供老人を最初に次々と凍死していきます。何十台もの馬ソリに詰み込まれた500トンの金塊もそこに残されました。

 間もなく春が到来します。バイカル湖を覆っていた分厚い氷も溶けだしました。湖上に残された25万もの遺体と500トンの金塊は世界一深いバイカル湖の湖底に沈みます。おそらく凍ったままだったでしょうから極寒の湖底に辿り着いた時再び凍って二度と浮き上がることはなかったと思います。

 この逃避行を指導したコルチャックはどうなったでしょうか?実は彼は、同行していた味方であるはずのチェコ軍(もともとは第1次大戦時の捕虜)に裏切られボルシェビキ側に引き渡されていました。イルクーツクの軍事革命委員会は略式裁判で死刑を宣告。1920年2月7日、バイカル湖を発しエニセイ川に注ぐ支流アンガラ川のほとりで銃殺されました。


 シベリア鉄道の輸送力を過信したコルチャックの判断ミスは125万人という未曽有の犠牲を生じさせました。パルチザンの蜂起を計算に入れられたかどうか?これは当事者でない限り分かりません。もちろん南方に逃げたとしても多くの犠牲者はでたでしょう。しかし、インド亜大陸には強大な英印軍がいました。500トンの金塊を取引材料にしたらすくなくとも何万人かは助かったはずです。それを思うとバイカル湖の悲劇に暗澹たる思いがします。

マチュ・ピチュと太陽の処女(おとめ)伝説

 かなり前(ブログ開設直後くらい)にマチュ・ピチュ遺跡に関する記事を書いた記憶があります。その際、太陽の処女伝説を紹介したものの出典が分からないと書きました。

 その出典がついに見つかりました。本日本棚の整理をしていたところ奥の方から『世界の奇談』(庄司浅水著 社会思想社 1958年刊)というとても古い本を発見したんです。たぶん古本屋で買ったのでしょう。懐かしさに浸りながら読み返してみると、太陽の処女伝説を発見。おそらくこの記憶があったから過去記事に書いたのだと思います。

 という事で内容紹介。ただし最近の研究では否定されているのでただの伝説としてお読みください。



 ペルーとボリビアの国境にまたがるチチカカ湖(神の金たらいの意味)があります。標高3810m南米最大の淡水湖で世界最標高の湖だそうです。湖にはチチカカ、コワティという小さな島があり、伝説ではマンコウ・カパクとその姉妻(弟と夫婦になった長姉)が太陽神の命で降り立ちインカ帝国を建国したといわれます。そのため島は神聖視され黄金の太陽神殿が輝いていたそうです。

 インカの皇帝は、神の子孫と尊崇され南米太平洋岸に広大な帝国を築きました。マチュ・ピチュは太陽神信仰の拠点として9世紀頃アンデス山脈奥深くの地に建設されます。険しい山の頂にあり周囲は600mもの深い峡谷に囲まれまさに人跡未踏の地でした。そのような僻地に御影石作りの立派な都を建設したのはまさにインカの人々の信仰心の賜物だったのでしょう。

 インカという文明は不思議な文明だったらしく、文字はなくキープという結縄文字で意思を通じていたそうです。それでいて現代の建築技術でも難しいカミソリ一枚入らない精巧な石造建築や立派な舗装道路が帝国全土に張り巡らされていたそうですから驚かされます。黄金もふんだんに採掘され宮殿や神殿は黄金色に輝いていたと言われます。

 そんな夢のような国が西洋人の耳に入らないわけはありません。1531年欲望に駆られたスペイン人冒険家フランシスコ・ピサロは180人の部下とマスケット銃と多数の馬を引き連れて侵略に乗り出しました。といっても人口1千万以上の超大国インカをたかが200名弱の人間で滅ぼせるわけもなく卑劣な策略を使います。

 生まれて初めて白人を見て神の使いかと勘違いしたインカ人の反応を利用しインカ最後の皇帝アタワルパと会見を申し込みます。のこのこと会見場に現れた皇帝を捕えて人質にしたピサロは、アタワルパの命と引き換えに部屋いっぱいの黄金を要求したと伝えられます。ところが数日もしないうちに部屋が黄金で埋まったことに驚いたピサロは、約束を破って皇帝を処刑し動揺するインカの民衆に対しマスケット銃で無差別虐殺を始めたそうです。

 インカ帝国は、同じく中米の文明でスペイン人に滅ぼされたアステカ帝国と同じく戦争においても敵を殺すより捕虜とする戦い方(後に一部は生贄になる)だったため大混乱しあっという間に首都クスコは制圧されました。クスコには一生を太陽神に捧げるため上流階級から選ばれた清純な処女百名が暮らす太陽の尼僧院があったそうです。

 彼女たちは、野蛮人に穢されるのを恐れインカの隠し都であるアンデス山脈奥深くのマチュ・ピチュに秘かに逃れました。太陽神に仕える神官の案内でウルバンバ峡谷から一部の人間しか知らない険しい山道を登って神殿に辿り着きます。そこは周囲との関係を一切断っても生きていけるほどの農業生産力を持つ広大な段々畑があり、彼女たちはこの地で生涯を終えたそうです。

 ピサロたちは、太陽の処女たちの行方を血眼になって捜したそうですがついに発見できませんでした。そうした中ピサロは黄金の分け前を巡って部下たちと争い暗殺されてしまいます。悪人の末路と言ってしまえばそれまでですが、結局インカ帝国の広大な故地はスペインの植民地となり住民は奴隷として酷使され塗炭の苦しみを味わいました。スペイン人が持ち込んだ伝染病で人口の何割から死滅したそうですからすさまじい。

 長い間その存在が謎だったマチュ・ピチュは1911年アメリカの考古学者ハイラム・ビンガムによって発見されます。彼はマチュピチュの神殿の奥深く神聖な墓所で170名にも及ぶ遺骨を発見しました。その中の150人は女性だったそうです。亡くなった人の最後の一人は、墓に入らずその傍らで息絶えていたそうですから仲間を葬った最後の一人だったのでしょう。

 美しかった処女たちが、世間から隔離され容貌も衰え一人、また一人と死んでいく姿は寂しさを覚えます。特に最後の一人の心境はどうだったでしょう?
 




 これが天空の神殿マチュ・ピチュにまつわる伝説です。ただし最新の研究では人口は最大でも750人あまり(段々畑の生産力から最大人口10万人説は嘘)。男女比率は半々。多くの家族と幼児が生活し処女たちの共同生活の跡は認められなかったなど身も蓋もない話ですから、ここらへんで止めておきます(苦笑)。

 伝説は伝説のまま留めておくことにロマンがありますね。

宜保愛子さんに関する話


最初にお断りしておきます。オカルト耐性が無い方はスルーされることを強くお勧めします。

 
 さて久々の不思議書庫ですが、2chを散策していて面白いネタを仕入れました。宜保愛子さんといえば、偽者も多いといわれる霊能者のなかで、数少ない本物の霊能者だったのではないか?と云われる方です。もう故人ですが、ある時からマスゴミにバッシングを受けテレビ出演がぱったり無くなったことを覚えておられるでしょうか?

 これ2chでは有名な話なんですが


919 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/09/01(土) 10:29:18.48 ID:mOuYAhdV0

昔、テレビ番組で霊能者が南鮮で霊視すると言う企画を立てたが、
その霊能者が飛行機から半島を見た瞬間、
「あんなおぞましい所には行きたくない」とか言い出して、
結局、その企画は取りやめになった、と言う話を雑誌で読んだ事を思い出した。

宜保愛子だった様な気がするが、自信は無い。


920 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2012/09/01(土) 10:34:53.31 ID:Xv9/P6lz0

宜保愛子で間違いないと思う

宜保さんは本でも朝鮮陶器を持ってる家は没落するって書いてて
創価の仏壇にも縁起が悪いと言及してたようで
そのせいかあんなにブレイクしたのにマスコミからそう叩きにあって
テレビから追い出されたから

11 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2012/09/24(月) 20:59:35.11 ID:HtLqu8dU0 [1/3]

昔、宜保愛子が韓国の青磁を不吉とか言ってたよね。
家に置くと不幸になるんだよ。
やめとけ


129 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2012/09/24(月) 21:46:03.46 ID:V1QSQPMe0 [1/2]

>>11
宜保さんすげえな 一時期猛烈にバッシングされたのって、
その発言が影響したのかな?

272 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2012/09/24(月) 23:01:02.24 ID:QAYiRtISO [2/3]

>>11
そういう発言が原因で、番組に出なくなったらしいってのは最近知った。
以前はとんねるずの皆さんだかで怖い霊ツアーみたいのやったりしてたよね

42 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2012/09/24(月) 21:16:52.27 ID:dOQyHTSO0

オカルト板に書いてあったけど
韓国の陶磁器を持ってると不幸になるって宜保愛子が言ってたらしいよ

他にも番組の企画で韓国に行く飛行機の中で
「あんなおぞましい国には行きたくない!」って叫んだこともあるとか

買うなら自己責任で

341 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2012/09/25(火) 00:09:49.31 ID:YuHYfZr40

まあ、眉に唾つけながら聞いて欲しい。9月24日時点で、これはコピペではない。

宜保愛子が韓国の土地に降りることを拒否したり、
韓国の器を不幸が訪れるものとしたり したって話があるよな。

それは、こういう普通の器ではなくて、おそらく茶人が使ってる朝鮮の茶器だと思う。

千利休が愛用した朝鮮の茶器、あれは実は茶器ではない。
あれには「耳」がついている。

常識的に考えて日本の低温の抹茶飲むのに耳なんて要らない。
では、あの器は一体何のための器だったのか。

今現在、その古い茶器は高値で取引されているが、
何故高値かというと、残っていないからだ。では、何故残っていないのか。

一説に、あの器は茶器ではなく、祭器ではないかと言われている。
それも、家長の葬儀に使われた ものという説がある。

そして、使用された後、その祭器は消滅したということになる。

日本人には理解しがたいが、朝鮮では本当に死者を悼むなんてことをしない。
家族と言えども、 「弟の死は肥やし」なんて諺が普通にある。

では、朝鮮では絶対権力者だった家長の葬儀に一体何をしていたのか。
耳のついた器、家長の死、使用後に割られる。

ここからは予想でしかないが、 その器、「血」を入れたのではないかと思う。
死者の血を入れ、復活を防ぐためにそれを器と一緒に割る。

穢れた血がつかないように「耳」がついている。

俺には宜保愛子が何を見たのか分からないけど、
朝鮮の昔の茶器ってのは謎が多いんだよ。

39 :Trader@Live! :sage :2012/09/25(火) 10:11:57.08 ID:+9cYVgsL 1117.75 W-2.45(-0.22%)

オカルトな話しが出てたので私の見つけたオカルトを一つ

朝鮮半島はね 地獄の入り口の上に立ってる国だよ

大清属国旗を見てごらん
それと比べて韓国旗も並べて見てみるといい

勾玉にある筈の「陰中の陽」「陽中の陰」が韓国旗には無いんだよ

地獄において「餓鬼は赤、畜生は黄、修羅は青」を表す

「餓鬼と修羅の属性を持つ民族性を勾玉で蓋をし、八卦で蓋の力を強くする」
これが本来の属国旗が意味してた物。

しかし現状、勾玉に「陰中の陽」「陽中の陰」が無い為
勾玉自体が蓋の意味を成さなくなっている。

それどころか八卦で、地獄より這い出てくる亡者共を強くする形となっている

現在、かの国で突出して見える部分

餓鬼と修羅の属性 あながちハズレではないのかもしれません 」


89223 :名無し:2013/02/09(土) 09:16:45 ID:-

その話は聞いたことがあります。
検索すると不幸になるという逸話があるのでお勧めしませんが、
コトリバコと幸福の器の話です。

これは呪いたい相手を不幸にする為に器や箱に惨殺した身内の遺体の一部を入れて
呪いを掛け、相手に贈る物だそうです。

実は在日朝鮮人にはその風習が残っており、
古くから日本で起きる災害はこいつ等が絡んでるといわれています。

でも、呪いっていくら強力でも相手に比がなくて呪いを掛けてる人間が悪人だと
呪い相手が呪い返しを行ったら簡単に弾き返されるんですがね。

バカだから呪いの原理も自分都合に妄想してるんでしょうか。
でも不幸よけに朝鮮人の作る物は買わないことです。





 宜保さんの朝鮮上陸拒否の話までは知っていましたが、朝鮮青磁にそんなおぞましい謂れがあったとは…(絶句)。信じるか信じないかは貴方次第ですが、私の個人的な感想としては「朝鮮に関するものはすべてがおぞましい」と云う事です。

八幡様の予言

 ネットで話題になっているのでご存知の方も多いと思いますが、一応紹介しておきますね。
 

八幡様のお話 追記あり

139 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/08/11(土) 13:39:23.21 ID:FhQlbDWt0 [4/10]
あ、ついでに八幡様のお話、全部書いときますね。
弟が、もうとにかくみんなに言いふらせと八幡様に言われたんで。
どうも、八幡様たちが日本中で同じようなことを伝えているみたいで
最近にたような話がよく2chにでてますんで、分かる人がいるかも。
(オレは微感だから判断でけないw)
ちなみに去年の6月~11月に集中して聞いたことだそうですが…

・野田はヒキガエル。
・ハト菅前原オカラは闇に食われてる。あとで魂ごとすり潰される?
・野田の政策で日本が数年苦しむ。2013年~かなり苦しくなる。
・2012年からの10年間、日本はメッチャきつい。世界はもっときつい。
・人がめっちゃ亡くなる。下手すると日本は半分くらい。それでもシナよりマシ。
↑八幡様は原因は明言しなかった。天災と戦争のコンボ?
・都市部に住むのは、昔から伝来でそこに住まざるをえない人だけになる。
農村部にかすかでも縁がある人は農村へ向かう。
・だから、お前の実家は農家なんだから土地と地域を死守しろ。

多いんで、一度きります。


141 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/08/11(土) 13:56:31.85 ID:FhQlbDWt0 [5/10]
続きっす。

・2011年に起こったことは、これから始まることの前触れにすぎない。(ただ、地震は少し違うみたい)
 2012年から、いままで隠されていたこと、悪行はドンドン表ざたになる。
 2013年からはもっと激しくなる。
・在日の人がみんな、日本からいなくなってしまう。いれなくなってしまう。
 ↑八幡様は原因は明言しなかった。
・農地と食べ物がとても大事になる。お金もそれなりに大事だけど、今ほどじゃない。
・2012~2014年くらいにかけて、狼のような性根の商社?が農村に入りこもうとするが、耳を貸すな。
 彼らは地域を食い物にして結局去っていく。弱い立場の農家の人たちを守れ。
・日本という国自体は、外国に比べれば元気なほうだが、政府機能はしばらく麻痺しているかもしれない。
・なにかをしてもらいたかったり、物をもらうために、相手のために働いてあげる感じ?の交易が起こる。
・とにかく助けあうことが重要。隣近所、友人を大事にせよ。

もう少しつづきます。

147 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/08/11(土) 14:52:09.86 ID:FhQlbDWt0 [6/10]
続きっす。

・東北地震で苦しんでいる人たちのことを忘れないで。何も終わっていない。
 困っている人を助けることは大事なこと。
・アメリカも相当に苦しくなる。今の世の中は維持できない。
・政権が変わって、新政権は必死に頑張る。
 この10年で特に優秀な政治家・文化人が3人、頭角を現す。(もういる?)
 一人は凄く若い政治家。みんなで守り立てて欲しい。
・この10年を耐え抜けば日本は爆アゲ。だから絶対に生き残れ。
・隣国たちは、この国が欲しくてうらやましくて仕方が無い。だから攻めてくるのだ。
・たとえれば今の日本国の人々は、3つに分けられる。家畜的な人、牛馬のような人、そして、人間。
 家畜は今、危機かどうかわからず、ただ敵に殺されてしまう。牛馬は自ら逃げて隠れることはできるが抵抗は出来ない。
 人間は其の知恵で敵を倒すことが出来る。だが今の日本には人間が少ない。
 しかし、これからそのような人間は増えてくる。
 彼らは、いままでの人と目つきや考え方がまったく違う。現在の年で言えば30台より下に多い。

149 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/08/11(土) 14:59:58.51 ID:FhQlbDWt0 [7/10]
続きっす。

・こういう新しい人間は、日本に敵対的な国にもいる。だから彼らに対抗せねばならない。
・人界での戦いは神の世界でも起こっている。日本の神が負ければ日本の終わりなので、
 皆が神社に、特に伊勢神宮に参拝して欲しい。信心がないと負ける。当然負ける気はない!
・ぶっちゃけ、シナ大陸や半島には神がいなくなってる。
・欧州や南米、北米にも神…的なものがいるが、日本の神とはまったく違う。
・我が国を守らねばならぬ(連呼)
・人心の平穏なくして真の平穏なし(連呼)←これ重要らしい。
・我の『カッタ』?を奪われた、とりかえさねばならぬ。(カッタは服のような…?)
・お前の一族は特にだが、日本人は日本国におれば神の加護で助けられるが、国外では我らの守りが効かない。
 行くときは対策をせよ。(神社のあるなしや信心が関係?台湾や南洋はまた違うよう)
・いま伝えたことをお前の、友人知人に伝えよ。みな表向きは信じないが、気づいたり縁あるものには届く。

これで終わりです。

150 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/08/11(土) 15:02:12.33 ID:Cd/M8WSH0 [15/19]
>>147
お疲れ様です。今まで出てきた予言系(ばあちゃん、JJ氏他)とオーバーラップ
するところがありますね…。
農業・水系の有識者で松岡元農相を挙げられていましたが、同分野で忘れられな
いのが、中川(酒)氏でした。今後、国益を考えられる人物を見分けられる目を
養って生きたいものです…。
 
 
 
 じつはこれ日月神示とも共通するんですよね。信じるも信じないも貴方したいです!

『魔術師ヒトラー』最終章 - ラストバタリオン -



 「国民諸君、同志諸君、最後まで戦い続ける諸君に敬意を表する。すでに戦況は……私はベルリンと運命をともに……しかしナチスは不滅である……たとえ米ソがいったんは勝つように見えようとも……。

そうなのだ、それは砂の上の勝利だ。彼らは世界の真の支配者ではないからだ。彼らの背後で操る者……ユダヤ……イスラエル……世界的なユダヤ国際資本……。

米ソは……おそらく1990年代ごろまで、対立と妥協を繰り返しつつ、世界を運営しようとする。しかししょせん……ヨーロッパと日本、東アジア、イスラム諸国、インド……いずれ世界は米ソの手に負えなくなる。そのときユダヤはみずから……に乗り出す。

あわれなアラブ4カ国……最終戦争。東西が激突するだろう。ユダヤはそれに勝って全世界……なぜならそれが彼らの『旧約聖書』の約束だからだ。黙っておけば必ずそうなる。しかし、私がそうはさせない。そのための手を、私は死ぬ前に打っておく。それが最後の秘儀である。それによって人類はわれわれを受け継ぐことになる。

しかも見よ、そのあと、わがナチスの栄光、ラストバタリオン……。それが真のハーケンクロイツの日だ。カギ十字の日だ。そのときラストバタリオンが現われる。ユダヤを倒す。世界を支配する。永遠に……そしてナチスは甦る。真のヒトラーの時代が来る。必ずだ。

甦ったナチスの軍団とその強力な同盟がそのとき来る。宇宙からの復讐のカタストロフィとともに来るぞ。それからが真の究極だ。真の終わりで真の始まり、真の淘汰、天国の地獄、21世紀のその年に、人類の驚くべき究極の姿……ではそれを明かそう。諸君、それは人類……」




 これはヒトラーが滅びゆく中でドイツ国民に充てた最後のメッセージだと伝えられています。これを読んで皆さんはお気づきになられましたか?普通は気付かずに読み飛ばすと思いますが、ヒトラーははっきりとイスラエルと言っていますよね?

 そうイスラエルの建国は1948年です。1945年当時には存在するはずのない国家の名前を当然のように言及するヒトラー。彼には未来が見えていたとしか思えないのですが、皆さんはどうでしょうか?


 あるいは、黙示録を実行しようとする勢力の計画だったのかもしれませんね。なぜならイスラエル国家は最終戦争ハルマゲドンの主役として成立しておかなければいけない国家だからです。


 ヒトラーの予言(あえてこのように言います)をじっくり読むと、ハルマゲドンの当事者はあくまでもイスラエルです。それに対してヒトラーは手を打ったと言っています。



 ここから想像できるのは、欧米+イスラエルがハルマゲドンの主役であり敵であるアラブ+中国(ノストラダムスの大予言にもアンゴルモアの大王=中国という言及がある!)と最終戦争をしなければいけないという勢力。そしてそれに対して最終戦争の勝利者はあくまでもドイツ(現在の国家ではなくヒトラーの国家)でなければいけないとする勢力の存在が見え隠れしてきます。


 ではなぜ最終戦争が必要だったかと言うと、聖書に書いていある通り「神の王国」(=進化した超人類の王国)を築くためです。



 主流だった闇の勢力(フリーメーソンやイルミナティの上部組織と思われます)の計画では、ヒトラーは最終戦争の準備をするだけの存在であったと思われます。すなわちジェット機・核・ミサイルそしてUFO。これらの超兵器を使っていつの日かハルマゲドンを演出し、人類を滅亡の危機に陥らせる。その大災厄の中で突然変異的に超人類への進化を促すというのが彼らエソテリック(秘教)グループの最終計画だった。


 しかし、ヒトラー(とそれを操る別のエソテリックグループ)は彼らの計画に気づいてしまった。このためにヒトラーは第二次大戦中秘かに準備していたのです。


 第二次大戦は、来るべきハルマゲドンのための予行演習でした。そのために22万もの純血アーリア人種の若者たちをUボートなどで脱出させ南極や北極の秘密基地に赴かせたのです。


 何故私が22万という具体的な数字を出したかと言うと、戦後ドイツで戸籍調査したところ戦死以外でどうしても行方の分からない22万もの男女がいたという事実です。これらの男女は、頭脳や体力の優れたものばかりだったと伝えられています。


 ヒトラーの計画では、彼らを使ってUFOなどの超兵器を開発させ、ハルマゲドンで両者が疲弊した時に、最後の審判者として登場するというものでした。これがナチス第四帝国であり、UFOなどの超兵器部隊こそがヒトラーの言う「ラストバタリオン」(最後の大隊)なのだと想像します。


 第四帝国の秘密基地には諸説ありますが、有力なものは南極アレキサンダー1世島(川尻徹説)にあるとされます。


 1946年から1947年にかけて、アメリカは極地探検家としても知られるリチャード・バード海軍少将を隊長とする大掛かりな南極探検(ハイジャンプ作戦)を実行しています。実はあまり知られていないのですが、探検とは言いながら実体は空母を旗艦とする大規模な艦隊だったのです。まるでどこかに戦争に行くかのような準備をして南極に赴いた真相は謎と言われていました。しかし川尻博士は、これこそヒトラーの第四帝国と戦うのが目的だったのではないかと指摘しています。


 結果は米政府がはっきりと出していないので何とも言えませんが、申し訳程度に出してきた資料にアレキサンダー1世島付近の測量図だけなかったそうです。想像ではUFOなどの反撃を受けてほうほうの体で逃げ帰ったのかもしれません。


 また未確認資料ですが、米軍は南極に向けて核ミサイルを撃ち込んだとも言われています。


 しかしアメリカは、というよりアメリカを操っている影の政府はただ負けているばかりではありませんでした。何といってもニコラ・テスラという天才科学者を擁しテスラコイルからプラズマを動力とする独自のUFOを開発したとも言われています。このあたりはUFO研究家が詳しいと思いますが、もれてきた断片的情報ではプラズマ発生装置をある角度で配置すると、そこに無重力空間が発生するという理論を利用したものだといわれています。以前紹介したフィラデルフィア実験もアメリカ製UFO開発のための準備だったとされているのです。


 UFOが宇宙人の乗り物であるというのは情報操作に過ぎないと思います。UFOは地球製兵器であるし、アメリカとドイツ第四帝国の二つの系統がある!さらにそれはアトランティスの失われた超科学に源流があったとしたら…。



 黙示録の最終計画を知っているのは、欧米の影の政府、ナチス第四帝国、そして当事者であるイスラエルの支配層だけだと思います。中国はその敵として利用され、踊らされているだけの存在です。ですから中国の異常な軍拡はある程度黙認されていると思います。


 ある時期から、中国は次第に外交的・経済的に追い詰められ世界を相手に戦争を起こさざるを得ない方向に進まされると見ます。その時日本はどうなるのか?残念ながら日本もまた踊らされるだけの存在にすぎませんから、最終戦争の過程で大きな被害を被る。一時的には滅亡する可能性も指摘されています。



 ではそれはいつの時期か?ノストラダムスはこの時期を1999年と書きました。これは明らかに外れています。しかし世界の状況を見ているとそれはこれからやってくる可能性が高いと考えています。


 その時期とは、ズバリ2039年!なぜならヒトラーがそう予言しているから。(川尻説)我々日本人はその時までどう生きたらよいのか?そして最終戦争ハルマゲドンにどう対処したらいいのか?



 川尻博士は、著書の中でヒントを記しています。ノストラダムスの大予言の中で「別のもの」が登場した場合だけ、恐怖の大王がもたらす災厄を逃れることができる、と。そしてそれはどうやら日本から生まれる可能性があるらしい!


 別のものとは何か?新しい思想なのか?新しい技術なのか?2039年までまだ時間があります。日本人ははたしてそれを見つけだすことができるのか?あるいは見つけだせずに座して滅ぶのを待つのか?希望は貴方がた一人ひとりの生き方次第かもしれません。

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