北近江浅井三代記Ⅸ  浅井氏の滅亡

 元亀三年(1572年)10月、甲斐の武田信玄はついに上洛の軍を発します。総勢三万三千。ただし信濃から美濃に侵攻した秋山信友勢、別働隊として三河に直接向かった山県昌景勢を含めての数で、信玄が直接率いた兵は二万七千でした。信玄来るの報を受けた徳川家康は信長に援軍を要請します。送られてきたのは佐久間信盛、平手汎秀に率いられた三千。徳川家としては、これまで信長に尽くしてきた功績から少なくとも一万近い援軍が来ると期待していました。しかし現実にはわずかな数。

 徳川家中では、信長に見限られたと憤慨する意見も多かったそうです。しかし家康は合わせて一万一千の兵で信玄に対抗するつもりでした。この時の信長の考えには様々な説があります。家康を捨て石にし美濃で武田勢と決戦するつもりだったとする説、あるいは信長包囲網に対処するため各地に兵力を分散させられ家康に割ける兵は三千が精一杯だったとする説。たしかに摂津では本願寺・三好三人衆勢力と対峙し、近江では浅井朝倉連合軍、南近江の情勢も厳しく、長島一向一揆も侮れない。後者の可能性もなくはないと思いますが、一万程度の援軍なら送れたはずだと思います。信長としては家康に浜松城で籠城してもらって時間を稼ぐだけで良しと考えていたのかもしれません。

 ところが家康はあえて出陣しました。12月両軍は浜松北方三方ヶ原でぶつかります。結果は予想通り家康の大敗。しかし上洛を急ぐ信玄は浜松城を無視し三河刑部で越年しました。この頃信玄は近江に出陣していた朝倉義景が本国越前に撤退した事を知ります。信玄上洛が成功するには朝倉勢が近江で信長を拘束しておく事が絶対条件でした。激怒した信玄は、義景に詰問の手紙を送ります。義景は、近江の野陣での越年に耐えらず撤退していたのでした。信長包囲網は朝倉義景の無能さで崩壊します。

 それでも武田勢は三河野田城を攻略しました。ところが急に軍を返し信濃駒場で留まります。原因は信玄の急死でした。享年53歳。信玄は自分の死を三年隠すように遺言したそうですが、早くも信長は信玄の死を知ります。一方、浅井朝倉方や義昭はまだその事実を把握していませんでした。

 義昭は、信玄上洛を頼み挙兵、宇治槇島城に籠城します。天正元年(元亀四年から7月に改元、1573年)7月信長は火の出るように槇島城に攻めかけ城は簡単に落ちました。義昭は降伏し命だけは助けられ追放されます。さすがの信長も将軍義昭を殺すのは外聞が悪かったのでしょう。これで室町幕府は滅亡します。

 残すはほとんど力を失った六角承禎と、浅井長政、朝倉義景のみでした。すでに小谷城は織田の大軍が包囲し籠城は三年に及んでいました。信長は小谷包囲の軍を残しつつ8月、越前に攻め込みました。義景も二万の兵を集めて対抗しようとしますが、連年の無能な戦争指導で家中には亀裂が走っていました。一族の朝倉景鏡、重臣魚住景固などは露骨に従軍を拒否します。がたがたの朝倉勢に織田軍を止める力はありませんでした。

 織田軍三万は、朝倉軍を鎧袖一触本拠一乗谷に迫ります。義景は抗戦を諦め大野郡の朝倉景鏡のもとに逃げ込みました。ところが従兄弟の景鏡は義景に自害を強要します。義景の首を土産に信長に降伏する腹でした。最後の最後に一族に裏切られるのですから義景の哀れさはどうでしょう。応仁の乱以来百年の歴史を誇る朝倉家は義景の死と共に終わります。

 朝倉氏の滅亡で小谷城は孤立無援となりました。信長は木下秀吉を使者に送り長政に降伏を勧めました。しかし長政は拒否。かわりに正室お市の方と三人の娘(茶々、初、江)を秀吉に託します。織田勢は小谷城に総攻撃を掛けました。まず本丸と長政の父久政の居る小丸の間にある京極丸を攻略。8月27日、小丸が陥落し久政自害。長政は本丸で激しく抵抗しますが、落城は時間の問題でした。刀折れ矢尽きた長政は、本丸近くの赤尾邸において自害したと伝えられます。享年29歳。8月29日の出来事でした。

 北近江に勢力を誇った浅井氏は長政の死と共に終焉を迎えます。長政の旧領はこのたびの戦いで抜群の勲功があった木下秀吉に与えられました。秀吉は、小谷城を居城にせず琵琶湖岸に長浜城を築きます。長政の嫡子万福丸は、近臣に連れられ城を脱出しますが織田軍に見つかり信長の命で関ヶ原において処刑されました。妹お市の子でも将来の禍根となる男子を許すはずはありません。お市の心境は複雑だったと思いますが、まさか兄を憎むわけにはいかず怨みを直接処刑した秀吉に向けます。

 浅井氏はこうして滅びますが、お市の三女江は後に徳川秀忠に嫁ぎ三代将軍家光を生みます。女系とはいえ徳川将軍家に浅井氏の血は残りました。



 
                                  (完)
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