人類文明の発祥Ⅲ  鉄器文明

 青銅という金属器は人類史に革命をもたらします。銅の融点1085度、錫の融点232度に対し、混合することで凝固点降下が起こり錫を30%混ぜると融点が700度まで低下します。青銅は銅よりも硬度が硬く加工しやすく、展延性に優れていました。銅プレートの鎧は石の鏃を持った弓でも有効射程内で貫通できましたが、青銅製の甲冑は簡単に貫通できなくなります。そうなると武器でも青銅製が主流となっていきました。

 銅以上に世界中に存在する鉄も、当然早くから知られていました。最初は隕鉄の状態です。これは文字通り隕石に含まれる純度の高い鉄とニッケルが自然に合金を形成したものでこれを加工すると鋭利な刃物ができました。ただ隕石などそうそうあるものではなく貴重な存在でした。次に人類は、青銅器製錬の技術を応用して鉄鉱石を溶かし鋳型に流し込む事で最初の鉄器を作ります。ところがこの鉄器は、硬くはあるものの炭素を多く含みもろくてとても実用に耐えるものではありませんでした。

 しかし、人類は諦めず試行錯誤を繰り返します。そんな時、紀元前1500年頃アナトリア半島(現トルコの主要部)で錬鉄を木炭に混ぜて熱しハンマーで叩くという工程を繰り返すことで、青銅よりも強靭になることが発見されます。こうして出来たのが鋼(はがね)で、この浸炭法を発見したヒッタイト民族は一躍オリエントの強国として躍り出ました。

 実は浸炭法を発見したのは支配下にあった別の民族で、ヒッタイト人はこの地を侵略して支配していただけだという説があります。ヒッタイト人は、インド=ヨーロッパ語族で黒海北岸からアナトリアに渡ってきたとも言われます。アナトリアの地は、地表に鉄鉱石が豊富に露出する地形で青銅器加工の中心地のひとつでしたから、鉄の画期的加工法である浸炭法が発見されてもおかしくない土地でした。

 当時鋼はヒッタイト人が独占し、他国に技術が渡らないように努めました。わずかばかりの交易品で流れ出た鋼は、同じ重さの金で取引されたくらいです。青銅と鋼では勝負になりません。鋼製の武器と防具で武装したヒッタイト人は、バビロニアを征服し(後に独立される)、超大国エジプトと互角に戦いました。

 ヒッタイト軍の強さの秘密は、この鉄器と戦車(チャリオット)です。戦車に関しては次回詳しく触れるつもりですが、ヒッタイト帝国は紀元前1330年シュッピリウマ1世の時代、当時オリエント最強を誇った同じ印欧語族のミタンニ王国を滅ぼします。紀元前1274年ムワタリ2世は、シリア沿岸部カデシュの地でエジプトのラムセス2世と激突しました。カデシュの戦いの結果は、双方が勝利を宣伝したのではっきりしませんが、この時エジプト軍は青銅製の武器を使用していたためヒッタイト軍の鉄製武器に苦戦しただろうと思います。

 カデシュの戦いは、世界史上初めて成文化された講和条約が結ばれた事でも有名です。その結果、両国はこれ以上互いに侵略をしない事を取りきめ、エジプトからは食料が、ヒッタイトからは鉄器が贈られることとなりました。ところで、浸炭法は大量の木炭を使います。アナトリアの植生はそれほど豊かではなく鉄器製造のために森林が伐採され荒廃していただろうと推定されます。現在のトルコも荒涼とした平原が続いていますよね。

 ヒッタイト帝国は、自国を強国に保つための鉄器製造によって衰退していきます。そして紀元前1190年頃謎の民族と言われる海の民の襲撃を受け滅亡しました。海の民には色々な説がありますが、いくつかの民族の集合体であった事は間違いなく、その中にはギリシャ人の祖もいただろうと推定されます。

 ヒッタイト帝国の崩壊によって、ようやく浸炭法の秘密が周辺諸国に拡散しました。おそらく各国は、破格の条件で鉄器職人を召し抱えたはずで浸炭法は世界中に広まります。ギリシャ、イタリアには紀元前700年頃、インド亜大陸には紀元前1000年頃、支那大陸へは紀元前600年頃、海を渡った日本へも紀元前後には伝わりました。この恐るべき伝播力は、それだけ鉄器が便利だったという事でしょう。


 次回は、鉄器と共にもう一つ重要な文明の要素である馬、戦車と騎乗の歴史について語ります。
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