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世界史英雄列伝(45)明の世祖永楽帝(前編)

 乞食坊主から身を起こし天下を統一した不世出の英雄、明の太祖朱元璋。一世一元の制(一人の皇帝に一つの年号)を定めたのも彼で、年号から洪武帝ともよばれます。

 洪武帝には正室馬皇后との間に4人の男子がいました。すなわち長男皇太子標。次男秦王樉(そう)。三男晋王棡(こう)。四男燕王棣(てい)です。この中で一番有能だったのは燕王朱棣でしたが、洪武帝は長幼の序から長男標を皇太子に定めます。標は温厚篤実な人物で有能な臣下の補佐があればまずまず無難に天下を治められると父洪武帝も見ていました。

 ところが肝心の標は1392年父に先立って病死してしまいます。享年38歳。洪武帝は一時四男燕王を後継者に考えたそうですが、才気走る性格に危惧を感じ票の遺児允炆(いんぶん)を皇太孫と決めました。燕王が有能だったのは事実で、1390年、1392年、1396年と三度にわたる北伐に成功し洪武帝をして「北顧の憂いなし」と喜ばせます。元王朝は滅亡したとはいえ、まだモンゴル高原に北元の勢力は残っておりしばしば南下を企てていましたから、北平(現在の北京)に駐屯する燕王の軍は重要でした。

 ただ、次の時代になった時の事を思うと洪武帝は不安を感じます。すでに皇太孫に将来の危険がないようにと建国の功臣を次々と粛清していた時で、その矛先がいつ燕王ら子どもたちに及ぶか分からない状況でした。そうこうしているうちに、1298年6月洪武帝は病を発して崩御します。去年71歳。

 皇太孫允炆が即位し建文帝となりました。21歳の若い皇帝です。洪武帝の残した廷臣たちは先帝の遺訓を守り建文帝を脅かす恐れのある皇族たちの粛清を始めました。建文帝自身は父に似ておとなしい人物だったそうですが、だからこそ廷臣たちは皇族粛清策を推進したのです。兄弟や甥たちが次々と罪を得て流罪になったり殺されるのを見た燕王は次は自分の番だと恐れます。

 すでにほとんどの軍権を奪われていた燕王に勝算はなかったと思います。しかしむざむざ殺されるよりはと1399年「君側の奸を討つ」と称し北平で挙兵しました。これを靖難の変と呼びます。挙兵当時燕王の兵力は1万程度しかいませんでした。燕王を挑発し挙兵させた朝廷はこの日を予期し百万と号する討伐軍を北平に送り込みます。

 燕王の軍はわずか1万とはいえ、モンゴル族との戦争に備えすべてが騎兵でした。おそらく兵士の大半は帰順したモンゴル族か他の遊牧民だったと思います。しかも戦争で鍛えられた精兵でした。朝廷軍は百万と号するも大半は歩兵で、しかも実戦経験のすくない烏合の衆です。燕王軍は、敵を本拠地北平近くまで引き寄せ一気に叩く作戦に出ました。地の利に明るく機動力のある燕王軍は歩兵中心の朝廷軍を翻弄し撃破します。

 すると面白いもので、朝廷軍から次々と寝返りが続出しました。燕王は河北、山東へと出兵し領土を拡大します。建文帝は燕王挙兵の大義名分である君側の奸すなわち皇帝側近の斉泰、黄子澄らを更迭することで燕王側に和睦を求めますが無駄でした。こうなれば騎虎之勢です。燕王としては皇族粛清という朝廷の姿勢が変わらない限りいつかまた同じことが繰り返されると考えざるを得ません。生きるか死ぬかの瀬戸際だったのです。燕王が生き残るためには甥建文帝を滅ぼす以外選択肢はありませんでした。

 戦いは3年続き一進一退を繰り返しますが、首都南京では建文帝の厳しすぎる処罰を恨んだ宦官の一人が燕王に内応の約束をします。1402年燕王軍は、宦官の手引きで淮河、長江を越え首都南京を囲みました。この期に及んで建文帝は領土割譲を条件に燕王に和睦を申し出ますが拒否されます。南京では撤退論と死守論が激突し混乱する最中、ついに総攻撃が始まりました。

 燕王軍は宮殿に次々と火を放ちます。建文帝は乱戦の中火中に没したとも、秘かに脱出し雲南で余生を過ごしたとも言われますがはっきりしません。この状況で建文帝が生き残ることは考えにくく、戦死した可能性が高いとは思いますが、建文帝の悲劇に同情した庶民が生存説を残したのでしょう。

 こうして燕王朱棣は実力で天下を奪い取りました。南京を平定した燕王は皇帝の学問の師だった高名な儒学者方孝孺を捕らえます。燕王は自己の謀反を正当化するため方孝孺に即位の詔を起草するよう命じました。しかし剛直の士として名高かった方孝孺はこれを拒否。燕王は彼の家族や弟子たちを捕らえ「言う事を聞かなければ処刑するぞ」と脅します。

 方孝孺は「燕賊簒位」(燕賊、国を奪う)と大書し燕王に投げつけました。激怒した燕王は家族や弟子もろとも方孝孺を残酷な方法で処刑します。ただこのことは燕王生涯の汚点となりました。

 1402年燕王朱棣は即位します。すなわち永楽帝(在位1402年~1424年)です。次回は永楽帝の政治と対外政策について見ていきましょう。
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