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出雲尼子軍記Ⅵ 月山富田城攻防戦

 尼子勢が吉田郡山城を攻囲中の1540年10月、但馬守護山名祐豊、因幡山名氏の重臣武田常信の後援を受け、かつて経久に伯耆国を叩き出されていた諸将が伯耆に侵入します。晴久は叔父国久率いる新宮党3千を討伐に向かわせました。新宮党は目覚ましい活躍で伯耆勢を撃破、武田常信を戦死させます。しかし、国久の次男豊久を失うなど少なくない損害を受けました。南条宗勝は、再び伯耆を叩き出され大内氏に帰順、最後は毛利氏に従ったそうです。

 尼子勢の安芸撤退で馬鹿を見たのは安芸国旧守護武田信実でした。敵中に孤立した信実は、大内毛利連合軍に居城佐東銀山城を落とされ出雲に逃亡します。これで鎌倉以来の名家安芸武田氏は実質的に滅亡しました。1540年12月、大内義隆は従三位に昇進し念願の公卿となります。得意の絶頂だった義隆は、宿敵尼子氏を完全に滅ぼすため遠征の準備を始めました。

 1541年11月、尼子方では隠居していた経久が82歳の生涯を閉じます。義隆は経久の死去を待つように1542年1月、尼子討伐の大動員令を発しました。従う兵は3万、陶隆房、杉重矩、内藤興盛、冷泉隆豊、弘中隆包ら大内方の主だった武将が参加する総力をあげた布陣です。義隆は自ら大軍を率い出雲に雪崩れ込みました。落ち目の尼子氏を見限り出雲の国人たちは次々と大内勢に参加します。晴久は、1万の兵で月山富田城に籠城しました。大内軍は出雲勢も加え4万以上に膨れ上がります。

 しかし尼子氏累代の居城で難攻不落を誇った月山富田城はびくともしませんでした。戦いは長期戦になり3か月経過。尼子方は大内軍の兵站線をゲリラ戦で襲ったため兵糧が不足し、厭戦気分が蔓延します。そんな中、一旦大内氏に従っていた旧尼子方の三沢氏、三刀屋氏、本城氏、吉川氏、山内氏らが義隆を見限り月山富田城に駆け込みました。すでに士気が低下していたこともあり、大内方は一気に崩れます。晴久も城門を開いて打って出たため、大内勢は四分五裂し敗走しました。この時毛利元就は殿軍を率い大きな犠牲を出します。義隆は、石見路を経て命からがら山口に逃げ帰りました。

 この敗戦がよほど衝撃だったのでしょう。以後義隆は政治に対する興味を失い、芸術趣味に走り国内を顧みなくなります。不満を抱いていた武断派の重臣陶隆房は主君義隆を見限り1551年挙兵して長門大寧寺にこれを滅ぼしました。大内義隆の侵略を撃退した晴久は、再び因幡、石見、安芸へ出兵、勢力回復を図ります。これはある程度成功したのですが、安芸の毛利元就は独自の動きを見せ、大内氏に従うふりをしながら自国の勢力拡大に奔走しました。

 吉川氏に次男元春を入れ、小早川氏には三男隆景を入れるなど安芸、備後に侮れない勢力を築きます。陶隆房が謀反を起こすとき元就にも同心の使者を出したそうですが、元就は曖昧な返事をするのみでした。隆房は主君を攻め滅ぼし、大友氏から養子に入っていた晴英を傀儡の当主に祭り上げます。自らも晴賢と改名しました。陶晴賢の謀反は大内方諸将の反感を買います。特に義隆の姉婿だった石見津和野城主吉見正頼は晴賢に反発し挙兵しました。

 晴賢は大軍で津和野城を囲みますが、元就にも参陣を促しました。ところが元就はこれを拒否、露骨に敵対の態度を示します。元就はこの機会を待っていたのです。主君義隆の仇を討つという大義名分を掲げ安芸国内の陶方の城を次々と攻略します。元就は間者を使い巧みに晴賢を厳島に誘い出しました。1555年10月、晴賢は元就の謀略にまんまと乗せられ厳島に2万の大軍と共に上陸します。元就は村上水軍の協力を取り付け嵐をついて厳島の背後に上陸、大軍で身動きの取れない陶軍に奇襲しました。大混乱に陥った陶軍は戦死4千7百、捕虜3千という大きな損害を受けます。退路を断たれ進退窮まった晴賢は自害して果てました。享年35歳。

 晴賢の討死で無主の国となった周防、長門に毛利軍が雪崩れ込みます。晴英は大内義長と改名していましたが、傀儡の悲しさ毛利軍の侵略に対抗できず1557年4月3日長門長福院を毛利方に囲まれ自害を強要されます。26歳の若さでした。義長は実兄(異母兄)豊後の大友義鎮(宗麟)に援軍を要請しますが、義鎮は既に元就と大内旧領の分割を約束しており弟を見捨てました。



 毛利元就は大内氏の内紛をうまく利用する形で安芸・周防・石見を平定します。後は尼子氏を滅ぼすのみです。元就にとって尼子軍の中核であった新宮党の存在が目障りでした。次回新宮党の始末、そして尼子氏滅亡を記します。
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