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パナマ侵攻時の米軍部隊

 今日の記事はマニアックで一般の方は付いてこれないでしょうからスルー推奨です。

 たまたま1989年の米軍パナマ侵攻作戦(ジャストコーズ作戦)に関してネットで調べていたんですが、どのくらいの兵力が投入されたか興味を覚えました。

 その前に、パナマ侵攻とは麻薬取引をしていたとされる当時のパナマの最高実力者ノリエガ将軍を排除するためにアメリカが軍事侵攻した作戦で、相手が悪人だったというイメージは抜きにしても、独立国に一方的に侵略し制圧したという暴挙は現在のロシアによるウクライナ侵攻にも匹敵する悪事でした。結局国際政治は強い者が勝ち弱い者は泣き寝入りするしかないという事なのでしょう。結果は米軍の圧倒的勝利でパナマ国軍は解体され、今でもアメリカの事実上の傀儡のままという悲惨な状況です。

 日本語ウィキによるとパナマ国防軍の総兵力15400人に対し、米軍は第18空挺軍団を投入します。と言っても全軍ではなくその一部。パナマ侵攻作戦に投入した兵力は陸海空合わせて57000人で、このうち地上部隊は駐屯軍が13000人、侵攻部隊が9500人でした。

 ちなみに第18空挺軍団というのは隷下に第3歩兵師団、第10山岳師団、第82空挺師団、第101空挺師団を持ち、湾岸戦争にも参加した緊急展開を主目的とした機動軍団です。完全編成なら支援部隊を含めて10万人を超える大部隊です。

 日本語ウィキでは分からなかったので、海外版を見てみると、第18空挺軍団のうち主に第82空挺師団の一部が投入されたみたいです。第82空挺師団隷下のうち、第504空挺歩兵連隊を基幹とする第1旅団戦闘団がパナマに投入されます。とはいえ旅団戦闘団の戦力は多くても5000人前後なのでその他様々な支援部隊が投入されたのでしょう。第75レンジャー連隊や海兵隊1800人も投入されていたようです。

 駐屯軍とは何かも日本語版では分からなかったので海外版を調べてみると、パナマ運河条約で運河地帯に駐留を認められていた米軍部隊だそうです。その主力は第193軽歩兵旅団。隷下に第5、第10、第20歩兵連隊と第22野戦砲兵連隊を持ち、第210航空大隊も保有しています。旅団と言いながらもほぼ師団に匹敵する兵力で13000人というのも納得です。

 そもそも第193軽歩兵旅団は第97歩兵師団隷下だったそうですが、1962年独立し兵力増強してパナマ運河駐留部隊に選ばれたそうです。とはいえ海外版を翻訳しただけなので細かいところは間違っているかもしれません。ちなみに第97歩兵師団は軍縮で予備役に編入、現在の米陸軍現役師団は11個しかありません。第1、第2、第3、第4、第7、第25歩兵師団、第1機甲師団、第1騎兵師団、第10山岳師団、第82、第101空挺師団の11個です。

 パナマ駐留米軍だけでパナマ国防軍に圧勝できる装備を持っていたはずで、勝つのも当然。弱い者いじめにすぎなかったでしょう。そもそもノリエガ将軍自体アメリカのCIAが育てたようなものですからね。ソ連のアフガン侵攻の時オサマ・ビン・ラディンをCIAが支援しながらその後裏切られた構造とそっくりです。

 国際政治はこのように厳しい弱肉強食の世界だという事です。そこに綺麗事の入り込む余地はありません。日本人も平和ボケを卒業して世界の厳しい現実を知るべきですね。
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